愛犬のビーグル犬と過ごした記憶

私がまだ保育園児だった頃の話です。 一軒家に住むことになり、庭もあるからと両親にお願いして 生まれて初めてペットを飼うことになりました。 当時は犬種なんてわかりもしなかったので、 ある日父親が連れて帰ってきたビーグル犬が本当に犬なのかわからなかった私… 耳が長く垂れていたのでウサギ?と母に聞いていたそうです。ビーグル犬の名前は「健太」と名付けました。私が付けた名前ではありません。 男の子が欲しかった父がつけたみたいです。

私は嬉しくて嬉しくて、毎日毎日健太と一緒に散歩しました。 日に日に健太は大きくなり、まだ幼かった私が散歩に連れて行こうとリードを持つと、 引っ張られてこけて私は怪我ばかりしていたそうです。 健太はドッグフードを食べませんでした。 好きな食べ物は、食パンを牛乳に浸し物!!何とも安上がりな犬でした。 本当に兄弟みたいに過ごしていた健太。

ある日お隣に家が建ち、そこに引っ越してきた家族の子供がアレルギー?があるという事で、 なぜか私は健太と離れ離れにならなくてはいけなくなりました。 その話を両親から聞いたときは本当に悲しかったし、 今でも思い出すと「なんで?」と思ってしまいますが、当時幼かった私にはどうすることもできずに、 健太が連れて行かれるのを見てる事しかできませんでした。

今でもその光景を思い出しては悲しくなります。ずっと一緒に居られると思っていたのに居られなくて悲しかったし、 もしこれから先ペットを飼っても、また離れ離れになったりするのが嫌で、 いまだにペットを飼う気にはなれません。

犬なしでは考えられない生活

我が家ではペットに犬を飼っています。私を含む全員が一致する考えなのですが家に「犬」の居ない人生は考えられないということです。

犬は数いる生き物の中でも「忠犬ハチ公」に代表されるように無償の忠誠心を人間に向けています。何の見返りを求めることも無く(散歩をねだったりはしますが・・・)ただ飼い主と一緒に過ごすことだけに「幸福感」を感じているかのような佇まいは何ともけな気で愛おしいことでしょうか。

幼いころから生き物をペットとしてたくさん飼ってきましたが、「犬」だけはペットというよりも「家族」です。前に初めて自分で全責任を持って飼った犬がいました。

その犬とは何をするにも一緒でかけがえのない存在でした。悲しいことにその小さくも愛しい存在の限られた命は人間よりも遙かに短く、寿命を全うし亡くなる時を迎えてしまいましたが、言葉では言い表せない哀しみにうちひしがられた時二度と生き物を飼うのはやめようと心に誓いました。

しかし、今まで存在していたはずの家族が居ない現実に耐え切れず新しい家族を迎えることになりました。

そして、いなくなった時に空いた私の心を埋めてくれたのもまた「犬」という新しい家族でした。生き物の「温もり」は本当に心までも癒してくれるのです。そして、小さい命を守るのは人間である私の使命だとばかりお世話をする忙しい時間を毎日送ることで愛犬を失ってしまった哀しみが少しずつ溶けていくようでした。

何と偉大な力なのでしょうか。我が家では犬なしの生活は考えられないのです。これからも大切な命と共に歩いていくのです。

犬は可愛い私の家族

私は大の犬好きなのですが、うちの家庭は私の父が幼少期からずっと何かしらペットを飼っていたみたいです。

インコやウサギも飼ったことがありますが、その中でもずっと飼い続けているのが犬です。

私が生まれて記憶している中でもシェパード、ラブラドール2匹、チワワと歴代だけでも4匹目です。

シェパードは大会に出るほど優秀で訓練させていたので賞を取ることもありました。

ラブラドールは血統章付きだったので2匹ともブリーダーをしたこともありました。

出産にも立ち会い、子犬の子育てをして1か月ほどで私たちの元から離れていくのは当時、小学生だった私と、姉には とてもとても辛かったけれど、父のおかげで凄くいい経験をさせてもらったと思っています。

田舎で遊ぶ友達がいなかったので遊び相手はいつも犬でした。

おままごとや、散歩に行ったり、時には愚痴を言ったり(笑)

私の幼少期から中学生までの1番の友達だったと思います。

でも年齢を重ねるにつれてお別れをしなければならなかったり、歩けなくなってしまってからは本当に辛かったです。

側にできるだけいてあげる事しかできませんでしたから。

それから私が20歳の時にチワワを飼いました。

始めての室内犬で戸惑いましたがちっさくて可愛いですね。

室内犬なのでサロン代などもかかってしまいますがベットで一緒に寝たり、とっても癒されます。

結婚してしまい、チワワは実家に置いてきてしまいましたが、私の人生でペットとは家族なので、私自身飼っていた犬をペットとは言いません。

そして命の大切さを教えてくれますよ。

大好きな犬の瞳

犬ってどうして人間とともに暮らす道を選んだのでしょうか。

私は犬が大好きなので、よくペットショップに足を運ぶのですが、大きな顔と大きな愛らしい目でよちよちと歩いている姿は本当に可愛くて連れて帰りたくなります。

でも、動物の命を預かるというのは一時の感情で行うべきではありません。

愛護センターでは今日も罪のない犬たちが殺処分されているのだから。

私が独立して初めて飼ったでっかい黒い犬。ペットショップではおとなしくしていて、天使のようでしたが、家に帰ると走り回って、所構わず排泄をして、椅子の足にかじりつく。

怒ると逆に喜んで走りまわって床に穴を開けたこともありました。

目が回りそうな子供時代を過ぎると、本当に人の心に寄り添えるいい犬に育ちました。

もっともっと一緒の時間を過ごしたかったと、亡くなって3年になる今でも思います。

犬のきれいな瞳には何が見えているのでしょうか。

最近こんなことを思います。

人間が犬とともに生きることを選んだのではないかと。