ペットは大切な家族の一員です

我が家にトイプードルの女の子がやってきたのは、もう4年も前のことです。 当時、私は犬が怖くて、ペットを飼うことをずっと反対してきました。 しかし、主人はどうしても犬が飼いたいという夢を捨てきれず、 私をペットショップへ連れていくようになりました。最初は、頭から拒絶していましたが、愛くるしい仔犬の姿を見ているうちに、気持ちが揺れました。

そんなある日、ついに可愛い仔犬に心を奪われてしまったのです。この子が家に来てからは、生活が一変しました。全てが仔犬中心の生活になりますが、それがとても嬉しいのです。 毎日が楽しくて会社にいても早く帰りたくて仕方ありません。あんなに怖がっていたことが嘘のように、私にはワンコと一緒にいられる時間が、一番楽しくて幸せのでした。

1歳を過ぎたころには躾けも完璧になり、どこに連れて行っても大丈夫な子になりました。そして念願のドッグカフェデビューです。家では元気いっぱいでヤンチャな子ですが、外に連れていくと急にお澄ましさんに変わります。よその家のワンコが、店内で吠えていても、全く動じず私の横で大人しく座っています。家の中と外との区別が、キチンと出来ていると確信しました。

その後、会社の大型連休には、伊豆や軽井沢のペットと宿泊できるペンションに旅行に行きました。 いつも一緒にいられることは、ワンコだけでなく私たちにも大きな喜びです。 これからも大切な家族の一員として、一緒に過ごせる時間を大切にしたいと思っています。

ずっと共に居たレトリバーが呼んでくれた

中学の時から飼い続けたゴールデン・レトリバーが先日亡くなりました。 平均寿命10-12歳と言われますが、うちの子は15歳まで一緒に居てくれました。赤ちゃんの時からずっと世話をしていたので寂しいなんてものじゃないですね。元々はうちの妹が飼いたいとワガママ言って飼い始めたのが発端です、どうしても飼いたい絶対に世話をするからと約束の元でした。

当時私は小さい頃に犬に噛まれたトラウマもあったので大反対だったんです。私だけが断固拒否で妹と口を利かなくなり大ゲンカに発展しましたが、 私が折れて飼う事になりました。

家に届いた時は赤ちゃんで、もう一瞬で心が解れましたね。小さい間は室内で飼っており、大きくなると独立した大きめの小屋に移動。妹が躾を私に丸投げし、私がトイレの場所を指導したり餌の世話をして、犬は私に一番懐きました。

小さい時はかなりヤンチャな性格で暴れまくってましたが、 大人になるにつれて大人しく気品が出てきます。 散歩は私がほとんど担当、妹は気分乗った時だけ行く程度、 ただあまりに可愛い犬だったので全く苦痛じゃなかったです。中型に成長した頃には近所の犬とすれ違って吠えられると、 私の後ろに隠れるしぐさが最高に可愛くて懐かしいです。 老犬になったころはもう、動きが遅くて本当に動かなかったですね。

そして亡くなる日は夜中だったんですが、私普段夜中目が覚める事無いんです。というか夜中の3時頃に、今まで生きてきて夜中に目が覚めた事が無い位、寝つきが良いのに、 たまたま目が覚めて何故か外に出たんです。すると、小屋から犬が私にゆっくりと近づいて来て、私の前でパタリと逝きました。私の事を呼んでくれたのかもしれないですね。

後日、妹は遠くで1人暮らししてたので連絡すると「私が面倒見てあげられなくてごめんねー」 と電話の向こうで犬に謝り号泣してましたが、よく放置してそんな都合よく発言できたな・・・と、 泣いてる自分に酔ってる感じでした。 その後すぐに彼氏と美味しいもの食べにいってましたから。

愛犬のビーグル犬と過ごした記憶

私がまだ保育園児だった頃の話です。 一軒家に住むことになり、庭もあるからと両親にお願いして 生まれて初めてペットを飼うことになりました。 当時は犬種なんてわかりもしなかったので、 ある日父親が連れて帰ってきたビーグル犬が本当に犬なのかわからなかった私… 耳が長く垂れていたのでウサギ?と母に聞いていたそうです。ビーグル犬の名前は「健太」と名付けました。私が付けた名前ではありません。 男の子が欲しかった父がつけたみたいです。

私は嬉しくて嬉しくて、毎日毎日健太と一緒に散歩しました。 日に日に健太は大きくなり、まだ幼かった私が散歩に連れて行こうとリードを持つと、 引っ張られてこけて私は怪我ばかりしていたそうです。 健太はドッグフードを食べませんでした。 好きな食べ物は、食パンを牛乳に浸し物!!何とも安上がりな犬でした。 本当に兄弟みたいに過ごしていた健太。

ある日お隣に家が建ち、そこに引っ越してきた家族の子供がアレルギー?があるという事で、 なぜか私は健太と離れ離れにならなくてはいけなくなりました。 その話を両親から聞いたときは本当に悲しかったし、 今でも思い出すと「なんで?」と思ってしまいますが、当時幼かった私にはどうすることもできずに、 健太が連れて行かれるのを見てる事しかできませんでした。

今でもその光景を思い出しては悲しくなります。ずっと一緒に居られると思っていたのに居られなくて悲しかったし、 もしこれから先ペットを飼っても、また離れ離れになったりするのが嫌で、 いまだにペットを飼う気にはなれません。

犬なしでは考えられない生活

我が家ではペットに犬を飼っています。私を含む全員が一致する考えなのですが家に「犬」の居ない人生は考えられないということです。

犬は数いる生き物の中でも「忠犬ハチ公」に代表されるように無償の忠誠心を人間に向けています。何の見返りを求めることも無く(散歩をねだったりはしますが・・・)ただ飼い主と一緒に過ごすことだけに「幸福感」を感じているかのような佇まいは何ともけな気で愛おしいことでしょうか。

幼いころから生き物をペットとしてたくさん飼ってきましたが、「犬」だけはペットというよりも「家族」です。前に初めて自分で全責任を持って飼った犬がいました。

その犬とは何をするにも一緒でかけがえのない存在でした。悲しいことにその小さくも愛しい存在の限られた命は人間よりも遙かに短く、寿命を全うし亡くなる時を迎えてしまいましたが、言葉では言い表せない哀しみにうちひしがられた時二度と生き物を飼うのはやめようと心に誓いました。

しかし、今まで存在していたはずの家族が居ない現実に耐え切れず新しい家族を迎えることになりました。

そして、いなくなった時に空いた私の心を埋めてくれたのもまた「犬」という新しい家族でした。生き物の「温もり」は本当に心までも癒してくれるのです。そして、小さい命を守るのは人間である私の使命だとばかりお世話をする忙しい時間を毎日送ることで愛犬を失ってしまった哀しみが少しずつ溶けていくようでした。

何と偉大な力なのでしょうか。我が家では犬なしの生活は考えられないのです。これからも大切な命と共に歩いていくのです。

犬は可愛い私の家族

私は大の犬好きなのですが、うちの家庭は私の父が幼少期からずっと何かしらペットを飼っていたみたいです。

インコやウサギも飼ったことがありますが、その中でもずっと飼い続けているのが犬です。

私が生まれて記憶している中でもシェパード、ラブラドール2匹、チワワと歴代だけでも4匹目です。

シェパードは大会に出るほど優秀で訓練させていたので賞を取ることもありました。

ラブラドールは血統章付きだったので2匹ともブリーダーをしたこともありました。

出産にも立ち会い、子犬の子育てをして1か月ほどで私たちの元から離れていくのは当時、小学生だった私と、姉には とてもとても辛かったけれど、父のおかげで凄くいい経験をさせてもらったと思っています。

田舎で遊ぶ友達がいなかったので遊び相手はいつも犬でした。

おままごとや、散歩に行ったり、時には愚痴を言ったり(笑)

私の幼少期から中学生までの1番の友達だったと思います。

でも年齢を重ねるにつれてお別れをしなければならなかったり、歩けなくなってしまってからは本当に辛かったです。

側にできるだけいてあげる事しかできませんでしたから。

それから私が20歳の時にチワワを飼いました。

始めての室内犬で戸惑いましたがちっさくて可愛いですね。

室内犬なのでサロン代などもかかってしまいますがベットで一緒に寝たり、とっても癒されます。

結婚してしまい、チワワは実家に置いてきてしまいましたが、私の人生でペットとは家族なので、私自身飼っていた犬をペットとは言いません。

そして命の大切さを教えてくれますよ。

大好きな犬の瞳

犬ってどうして人間とともに暮らす道を選んだのでしょうか。

私は犬が大好きなので、よくペットショップに足を運ぶのですが、大きな顔と大きな愛らしい目でよちよちと歩いている姿は本当に可愛くて連れて帰りたくなります。

でも、動物の命を預かるというのは一時の感情で行うべきではありません。

愛護センターでは今日も罪のない犬たちが殺処分されているのだから。

私が独立して初めて飼ったでっかい黒い犬。ペットショップではおとなしくしていて、天使のようでしたが、家に帰ると走り回って、所構わず排泄をして、椅子の足にかじりつく。

怒ると逆に喜んで走りまわって床に穴を開けたこともありました。

目が回りそうな子供時代を過ぎると、本当に人の心に寄り添えるいい犬に育ちました。

もっともっと一緒の時間を過ごしたかったと、亡くなって3年になる今でも思います。

犬のきれいな瞳には何が見えているのでしょうか。

最近こんなことを思います。

人間が犬とともに生きることを選んだのではないかと。